レインカネーション --再生--                            



 けたたましく鳴り響くサイレンの音。せわしなくうごめく人々。

 途切れてはまた繰り返される光と影。

 知らないハズの光景を、僕は今までに何度、夢見ただろう。



 大事な話があると親に呼び出されたのは、僕が高校生になったばかりの春。

 家族だと思っていた人達が実は赤の他人で、本当の両親は既に他界していること。

 交通事故だったらしい。

 その惨劇の中、まだ母親のお腹の中にいた僕は、運ばれた先の病院で取り出された。

 生を受けるにはまだ早い月齢で厳しい状況だったらしいけど、何とか一命は取り留めたのだという。

 けど、何故だか親族との連絡がいっさい取れず、そのまま施設に入れられた僕は、幼い内に今の両親の

養子になったのだった。

 ショックはなかった。

 といったら、嘘になるのかもしれないけど、ごくフツーの平穏な家庭で育てられたのは事実だし、過ぎ去った

過去の真実よりも、今の現実のほうが僕には大事に思えた。

 生みの親が別にいた。

 ただそれだけのこと。それ以上のことは何も変わらないハズだった。



  ---夢と遺伝
 


 
「そこは幽霊が出るっていうウワサの廃校でさ、ホントに出たんだ、これが」

 僕は両手を胸元に持っていって折り曲げると、”恨めしや”のポーズを取った。

 ファーストフード店の窓際の席。

 午後の陽が傾き始めた光の中、向かいの席に座っている悠子がくすりと笑った。

 高校の同級生でもあった彼女とは、大学に入学した頃からの付き合いだ。付き合いといっても、男女のそれと

いうよりは、単に大学の仲間という感じがしなくもないが……

 僕にとっては少し特別な存在で、特別な感情を抱くのに理由も時間もいらなかった。

 なんか、心がそう感じることってホントにあるんだな、と思った。

 そんな魅力を持っているのが、
葛木悠子という人だった。

「でもそれ、夢の中の話なんでしょ?」

 その言葉にはどこかちょっと、小馬鹿にしたようなニュアンスが含まれていた。

 すべてを真に受けている訳ではないらしいが、僕の話を終わらせないようにという気遣いか、悠子はマジメに

「怖かった?」と聞き返してきた。

「怖くは……なかったよ。怖いっていうより、哀しそうだった……だから幽霊なんだろうけどさ、なんか、それとも

違う感じなんだよ」

「女の人?」

「いや、男だった。あ、そっか、どうりで……不思議な感じがすると思った。男の幽霊なんて珍しいじゃん?」

 僕は正面を見据えたまま、夢の中に出てきた男の幽霊の顔を思い出そうとした。

 どこかで見たことある? いや、ないな……と、自問自答してみる。

「でも、妙〜に、リアルに感じる時があるんだ」

「それでいて、一度だって正夢は見たことがないって言うんだから不思議よね?」

「正夢はないけど……時々、誰かが見てきたものを見せられてるような気になることがあるんだ」

「誰かに?」

 段々と興味を引きつけられてきたらしく、悠子が身を乗り出してきた。

「遺伝子とか、細胞って、個人の記憶を残すと思う?」

「なに、突然……遺伝子とか細胞って……」

「両親の持ってる遺伝子をそれぞれ貰って、組み合わせた情報が子供に遺伝される訳だろ?」

「え、じゃあ、体そのものが誰かの記憶を持っていて、慎二くんに見せてるってこと?」

「そんな気がする。有り得ないって言いたいのは分かるけど……」

 くだらない話だったかな、とちょっと心配になっていると、悠子が更に身を乗り出してきた。

「ねえ、そんなに夢に興味があるんだったら、今度から日記に付けてみたら?」

「日記に?」

「そっ。夢の内容を書き留めておくの。何か意味があるんだったら、共通点が出てくるんじゃない?」

「うーん、面白そうだけど……そもそも日記が続けられるかどうか……」

 一抹の不安はあったけど、その日、悠子をアパートへ送っていった後、僕はひそかにコンビニで安いノートを

買って帰った。

 最初は頑張って書きました!っていうのだけは避けたいな、と。




  10月5日(火曜日)

「確かに、オレが仕組んだのは認めるが、全部が全部じゃない」

「じゃあ、何だっていうんだ?」

 俺は背の高い男に詰め寄った。苦渋の色が夕陽の中にもはっきりと見える。

「お前だけ成功してる姿なんか我慢ならなかった。だから匿名でっていう条件で情報を売ったんだよ。坂井が

資金を流用してるらしいって。でも、そんな証拠はどこにも何もないんだ。根も葉もない話が大きくなる訳がない

だろ? いずれデマだったって、嘘だってみんな気がついて、忘れるだろうって……」

「何だよ、それ。忘れるどころか、この騒ぎじゃないか! みんなを巻き込んで、傷つけておいて……」

 もうどうでもいいような、泣き出したい気分だった。

「もう終わりだよ。事実がどうだとか、そんな次元は超えてしまってる」

「オレだって、こんなつもりじゃ……」

 互いに言葉を失ったその沈黙は、怖いほどに重々しい空気に満ちていた。

 どれくらい黙っていただろう……。

「俺だって市橋を責めたい訳じゃない」 

 そのピリピリした空気を破ったのは、俺のほうからだった。

「だけど、後戻りも修復も出来ないんだよ」


------ここで目が覚めた。
 
     推測するに、どうやら僕が”サカイ”という男のほうだったらしい。

     資金流用の汚名を着せられた……ってとこかな。何の資金だろう?

     この夢は関係なさそうだけど。




  10月8日(金曜日)

------ヤバ〜。さっそく数日空いてしまった;

     今日のはあまり覚えてないんだけど、女性の視点だった。

     まわりに何人か人間が居るみたいだったけど、泣いてたのかな? 

     状況も話もハッキリしない。




  10月12日(火曜日)

------毎日はムリだって……;

     愚痴日記になりそうだよ、コレ(笑)

     今日の夢は、僕がスターだったらしい(笑)

     恋人役の女のコと一緒なんだけど、スゴイ数のマスコミに追われてた。

 


  10月14日(木曜日)

「それより、話って何だ?」

「あ、ああ。実はさ、所内のみんなには内緒で研究してたものがあるんだが、今度、学会で発表しようと思うん

だ。俺は自分の手でメグミを幸せにしたいんだよ」

 将来を思うと、自然、声が弾んだ。

 話を促した男のほうは、あまり感動した様子も見せないで、「そうか」と呟いた。

「良かったな」

「長年付き合ってるお前には、いちばんに知って貰いたくてさ」

「それは、学会でも認められそうなのか?」

「多分な」

 男は真顔のまま、数秒、何かを考えるように言葉を噤んだが、俺の肩をポンと軽く叩いた。

「頑張れよ。所長も認めてくれるだろうな。広崎も喜んでるんだろう? 彼女、おめでたらしいじゃないか」

「どこから流れたんだよ、その話! そういうウワサが流れるのだけは早いんだな」

 照れ隠しに俺は笑って、珈琲を飲まないか?と、誘った。


-------前の夢に出てきた男ふたりと同一人物じゃないか?

      今回、顔を覚えていられなかったのは、携帯の着信音で起こされたせいだ。

      誰だ? ……斉藤のヤツだ。




  10月15日(金曜日)

-------斉藤たちとカラオケへ行く夢だった。しばらく遊んでないな〜。

      今度の休日はパ〜っと遊びたい……。




  10月18日(月曜日)

 血相を変えて俺のアパートに飛び込んできた女性が、とんでもない物を突き付けた。

「浩太くん、これ見て……」

 目の前には、およそ信じ難い内容の週刊誌があった。

「何だよ、これ……」 

「私も何がなんだか……どうなってるのか分からなくて……」

 そう言ったまま、女性は力を失くしたようにへなりとその場に座り込んだ。

「大丈夫か? メグミ……少し横になったほうが……」

「平気。まだ少し、気が動転してるだけ」

 胸元に手を当てて、深呼吸している。

「体に障ったらどうするんだよ」

「平気だから、心配しないで。それより、これは?」

 俺と彼女の意識は、再び週刊誌へと注がれた。

 見開き2ページに渡って、それにはこんなことが書かれていた。


『有名研究所……研究員の資金流用疑惑

日本の由緒ある賞も取ったことがある有名な広崎氏の研究所で、研究員坂井氏が資金を私的に流用していた

らしい。同じ所内の市橋氏の告白で明るみに出た今回のことだが、それだけではない。

成功目前の市橋氏を妬んだ坂井氏が、自分の資金流用の汚名を着せようとしたばかりか、市橋氏が進めて

いた研究成果すらも横取りしようとしていたらしい。

広崎氏のひとり娘、恵美さんは坂井氏の恋人で、現在、身重ということ。生まれてくる子供のためとはいえ、

坂井氏の行為は行き過ぎではなかろうか』


「何だよ、これ……」

 はじめの言葉と鸚鵡返しだ。

 記事を最後まで読んだ俺は、次に続く言葉を直ぐに見つけることが出来なかった。

「浩太くん、どうしよう?」

 弱々しい恵美の声と、俺の視線が重なる。

「今朝から家の周辺が騒がしいと思ったら、マスコミが何組か来てて。私だけ裏口から何とか抜け出してきたん

だけど、今頃きっと、家のほうも研究所も大騒ぎになってると思う」

「なんでこんなデタラメが書けるんだよ! 市橋って、アイツが話したって?」

 俺の顔が怖かったのか、恵美は怯えたようにかぶりを振った。

「分からない。ホントに、どうなっちゃったんだろう」

「俺も分からない。審議を確かめたいけど……」

 まだ混乱している思考を回転させて出てきた答えは、とりあえず、今から出来ることだった。

「慌てて研究所へ行くのは得策じゃないな。ひと目につかない夜のほうがいいかもしれない。とりあえず、アイツ

に電話しよう。市橋に話を聞かないと」
 
 言い終わるよりも早く俺は立ち上がって、棚の上に置かれた電話の受話器を取った。


-------繫がった! 完全に繫がってる!
 
      これって、5日の日に見た夢の”過去”のことじゃないか。

      それにしても、人も会話も、怖いくらいハッキリしてた。

      やっぱり僕は”サカイ”という人と繋がりがあるのか?

     

  
 翌日。

 午後の講義が終わるのを待って、最近出来たばかりの学生食堂……

 もとい、カフェテリア形式の食堂へ僕は悠子を誘った。

 どんな反応が見られるのか、朝からひそかに楽しみにしていた例のノートをさっそく見せてみた。

 はじめは、小説を楽しむみたいに面白そうにノートを読んでいた悠子だったが、僕が傍で見ていてもそれと

分かる程に、何故だか顔はどんどんと青ざめていった。

「どうした? 悠子? なんか心当たりでも?」

「慎二くんは思い当たることあるんでしょ?」
      
「……僕?」

 思いがけず問い返されて、ちょっとどぎまぎした。

「心当たりって言うか、ひとつだけ気になることはあるよ。僕の”両親”のことだけど……悠子にもまだ言ったこと

なかったよな。実はさ、生みの親が別にいたらしいんだ」

「それ、ほんと?」

 すごくびっくりしたように、悠子が声を張り上げた。おかげで僕のほうまで驚いた。

「ホントだよ。16になった時に初めて教えて貰ったんだけど。だから、”サカイ”って男の人は、僕の父親じゃない

のかなって思うんだ」

「……そう、なんだ」

 何を指しての「そうなんだ」かは分からなかったけど、予想外の悠子の反応に、僕は少し不安を覚えた。

 何かがおかしい。僕も、僕の見る夢も、悠子も……。

 どんな風に、何がおかしいのか、僕にもよくは分からないけれど。 

 思い詰めたようにノートの一点を見つめている悠子を見ていると、声を掛けるのもためらわれた。

 なんというか、僕には見えてないものが、彼女には見えてるみたいで。

 数分ほど黙って待っていると、悠子の瞳が僕をとらえた。

「ゴメン。今日はこのまま一人で帰るね。ちょっと、調べたいことがあるから」

「え? って、調べたいことって?」

「ごめんね。明日、ハンバーガーおごるから」

 両手を合わせて軽く頭を下げると、悠子はカバンを片手にいそいそと食堂から出ていった。

 翌日、僕が悠子からハンバーガーをおごって貰うことは、実はなかった。

 

  ---再生 



 突然のことで、追いかけることも出来なかった僕は、事情を呑み込めないまま、半ば呆然と学校を後にした。

 その日、みんなで遊びに行くはずだったことも、ものの見事にすっかり忘れて。

 色々と考え事をしながらだったから、どこを歩いてたのかとか、何を考えてたのかとか……それがまた、まとま

りがなかったせいか、今ではまるで全然覚えていない。

 後から聞いて分かったことだけど、その途中、僕は交通事故に遭ったらしい。

 馬鹿な話だけど、赤だというのに、まったく気がつかずに横断歩道を渡っていたとか……。

 救急病院に運ばれた僕は、当初は意識不明で輸血も必要とする重体だったらしいが、奇跡的にも命に別状は

なかったのだという。
    
さなか
 その最中、僕は長い夢を見ていた。

 広崎研究所は、自らデマをでっち上げた不可解なところだと世間に叩かれ、支援にまわっていたスポンサーも

契約を破棄。結局、信用を失って仮閉鎖となり、研究員たちも肩身の狭いを思いをして、誰も何も語らなくなった。

当然、所の再開の見通しもなく。

 高校の友人などを頼って、居場所を点々としていた坂井さんと恵美さんは、ある約束をして別れた。

 とにかく、ほとぼりが冷めるまで一緒に行動するのは良くない、と判断して。

 お互いが傍に居たいのは重々感じていたけど、これから先のことを考えて、気持ちを振り切って、決別の道

を選んだのだった。 

「子供が生まれて歩けるくらいになったら、必ず会いに行く。思い出の場所……覚えてるだろ?」

「思い出の?」

「俺たちがいつも一緒だった場所」

「……覚えてる」

「じゃあ、必ずそこで会おう」 

 そこで約束の握手を交わしたけど、坂井さんと恵美さんがその後、再会することは二度となかった。

 何故なら、その年、出産を2ヵ月後に控えた恵美さんは不慮の事故で他界。

 それを人伝に知った坂井さん……僕の父さんは、すべての悲しみを背負って、思い出の場所で自殺したんだ。



 目が醒めると、色気のない斉藤の顔があった。

「お前の顔よりも先に見たい人がいるんだよ!」と言いたいところだったけど、まだそんな状態じゃなかったことと、

「無事で良かった〜」と喜んでる斉藤や見舞いに来ていた友達の顔を見ていたら、何も言えなかった。

 っていうか、いちばん会いたい人がこの場にいなかった、ということもある。

 そう、悠子の姿はなかった。

 盲腸で入院している同級生を笑わせるみたいに、滑稽な話で勝手に盛り上げられ、否が応にも元気になった

僕は、ひとまず落ち着いたところで斉藤から事情を聞かせて貰った。

 事故の直後、いちばんに駆けつけたのが僕の母親で、次が悠子だったらしい。

 緊急に輸血を必要とする状態だったが、型の合う血液がなく、近くの病院から取り寄せようと手配し掛けていた

時に、悠子が自ら申し出たのだという。

 僕と悠子のABO式血液型とRh式の血液型は一致していることが分かり、直ぐに処置が取られた。

 もしかしたら、悠子は自分の型が合っていることを前もって知っていたんじゃないのかな。

 そんな気がした。

 悠子がそんな風に申し出たというのもちょっと意外だったけど、もっと驚いたのは、その後の話だった。

「葛木さ、お前が事故に遭った日以外、姿を見せてないんだよ。病院にも、学校にも」

 帰り際、思い出したように付け加えた斉藤の言葉は、僕にも理解不能だった。

 話が話だけに、それまで言い出し難かったに違いない。

「葛木の女友達がアパートへ行ったらしいけど、未だに会えてないってさ」
 
「………何で?」

「俺が知る訳ないだろ。
檀、お前ら、なんかあったのか?」

 返す言葉もなく、病室のベッドにひとり残された僕は、思考も姿勢も硬直するしかなかった。

(悠子が? あれから姿を見せてない?)

 

 出される食事を黙々と食べ、怪我と体の回復が早くなるようなことはすべてやった僕は、いつも診てくれていた

先生に頼み込んで、退院の時期を早めて貰うことに成功した。

「君の回復力……若さの成せる業だな」

 と、さも感心していたけど。

(すみません、センセー。動機は不純ですが、早く回復したかったんです)

 まだ松葉杖を突きながらではあったけど、僕は無事に退院して、直ぐに悠子のアパートへ向かった。

 案の定、留守だったけど。

 悠子の部屋の前に立ち尽くして、どうしたらいいんだ? と途方に暮れかけた時、扉の下に挟まれている紙きれ

が、ふと僕の目に止まった。

 人の物を勝手にとか、後ろめたさも何も考えずに、僕は松葉杖でバランスを取りながら、その紙を手に取った。

『思い出の場所……覚えてる?』

 1行だけ、悠子の字でそう書かれている。

(……思い出の場所)

 見た瞬間に直感した自分が嬉しいくらいだった。

 それがどんな意味で、何を指してるのか、僕には分かる。それが本当に当たってるかどうかはともかくとして。

 そのメモを片手に次に僕が向かった先は、夢で見た例の廃校だった。そう、ちゃんと実在していたのだ。

 そして、”僕ら”は再会した。互いに”夢”の破片を持って。

「やっぱり、間違いじゃなかったんだね」

 1階の教室、大人が座るにはちょっと小さな椅子に腰掛けていた悠子は、僕に名前を呼ばれて振り返ると、

第一声にそう言った。

「私にはね、二卵性双生児の弟がいたと聞かされてたの。でも、何かの手違いで、別々に引き取られたんだって。

だから、今まで全然分からなかったんだね」

 鉄筋コンクリートの校舎だったが、どこも風化が激しく、割れた窓ガラスの隙間からは、初冬の冷たい風が入り

込んでいた。おそらくここは、坂井さんたちの母校だったんだ。

「でも、確証は? どこで?」

「慎二君のノート……私も女性の夢を見たことがあったんだけど、慎二君の見た恵美さんと一致してるし、内容も

似てるし、すごく驚いたの。そしたら、”両親は別に居たんだ”なんて言うから、あまりにびっくりしすぎて、逃げ

ちゃった」

 悠子は照れたようにはにかんだ。

「そしたら、慎二君の事故でしょ。まだ確証はなかったけど、私なら慎二君を助けられると咄嗟に思ったの。

その後、自分で色々調べて、全部分かったんだ……それから、気がついたら毎日ここに来てた。慎二君が退院し

て、いつかここに来てくれるって。確かめたかったんだよね、ただの夢じゃないんだって」

「夢じゃないよ。現に、ちゃんとここまで来れたから、ふたりとも」

 そこは幽霊が出るとウワサされる廃校だ。気味悪がって誰も近寄れず、取り壊されずに残された背景には、

結局、実体のない情報に惑わされた人々の哀しい末路だけが残されている気がする。

 坂井さんと恵美さんが辿ってしまった道も、似たようものだ。

「ねえ、見て。ここへ来ている内に見つけたの」

 悠子がそう言って、小さな机の中から取り出したのは、古びたB4サイズの白色だったであろう封筒だった。

 中には、研究所が建てられたばかりの頃の初々しい白衣を着た若者3人の写真と、学会で発表するはずだっ

たんじゃないかと思われる研究資料と、”坂井”と記された手紙だった。


「俺が望んだのは、地位でも名誉でも名声でもない。大切にしたかった人たちとの幸せだけで良かった。

この研究がすべてを壊した元凶なら、俺は喜んで手放そう。目に見える情報も大事だが、目に見

えない物や繋がりが存在することも、俺は信じたい」





 ずっと後になってから分かったことだけど、僕の育ての母さんは、実は市橋さんの妹だったのだ。

 子供が出来ずに悩んでいた妹夫婦に、兄である市橋さんが僕を引き渡したのだという。

 考えようによっては、それは、僕の実の父親”坂井浩太”への罪滅ぼしだったのかもしれない……。

 その後、市橋さんがどうなったのかは誰も知らない。
 
 生きてるのか、死んでるのか、どこにいるのかも。

 ただ、多くの情報に左右され、翻弄された人々の中に、確かに僕らは存在した。

 ”
 慎二”と”葛木悠子”がこの世に生を受けたこと。

  その僕らが出会ったこと。

 それは確かな真実で、今も現実は続いている。

 父と母の記憶を継いで。                              

                                                 -終わり-



  
 あとがきという名の言い訳……(?)

 「星色譚海」の企画でやっているイメージ小説の投稿用に書き下ろしました

 メインの慎二と悠子は細かい設定がされているのですが、名前と設定の一部だけをお借りしました

 しめきり間際で、書く時間も期間もあまりなかったため、かなりバタバタで強引なお話になっている

 かもしれませんが(^_^) もう少し余裕と容量があったら、もっと細かく突き詰めて書いてたと思います

 ……ハイ、言い訳ですね;

 網膜の移植や臓器などの移植で、前の持ち主の記憶も移植されるかどうか、という興味深い話を

 小耳に挟んだことがあって、他人から輸血された血も情報を”記憶”していたら……という発想に

 辿り着いて、この話を思いつきました

 本当は、慎二が悠子から輸血をして貰ったことで、すべての謎が解ける、見えなかった部分が

 再生されるという感じにしたかったのですが、そのエピソードを話の中に盛り込もうとすると、さらに

 長くなってしまうので、最終的には簡潔に表現してみました

 専門知識はまったく皆無なので、これは有り得ないよ!と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが

 お話(小説)の中のこと、と受け止めてやって下さいね(^_^;)

 楽しんで頂けたら光栄です
 
 ここまでお付き合い頂けた方、ありがとうございました〜