いくつもの雲が流れ 中編
  
   

  
  2、失われた息吹




 「まだ床に伏しているそなたに、あれこれ聞きたくはないが……しかし、何があったというのだ?」
         
えんし
  枕辺に座る苑志が、静かな口調で問い掛けた。

  答える意思がまったくないのか、陸都は黙ったまま、瞬きもせずに天井を見つめている。

  静かな沈黙が流れ、ぱちぱちと火のはぜる音だけが耳についた。
                   
  しばらく様子を見守っていた苑志は、困ったように軽く息をつき、話すのはまだ無理か、と小さく呟いた。
                            
  話すのは嫌かと聞かれれば、正直なところ陸都は嫌だった。

  声を出すことはもちろん出来たが、やはり、精神的に受けた打撃はあまりに大きく、

 陸都自身、どこか虚ろなのは分かっていた。

  あれからまだ、幾日も経っていないのである。当然のことであった。
       
  数日前、李紫奈と陸都をよく知る苑志の家に辿り着いた陸都は、彼に介抱され、

 それからまる五日間も眠り続けた。

  苑志の話によれば、扉に何かがぶつかる音を聞いて家の戸を開けると、そこには、

 李紫奈を抱えた陸都がうずくまるように倒れていたのだという。

  死に人同然の陸都が、李紫奈の遺体を抱えたままここまで来られたのは、苑志の元へ行けば

 何とかなるだろうという無意識の中の意識と、生への執着心があったからだという。

  そして、もうひとつ。
        
  遠い昔は神代の時代。そこから受け継がれてきた血が、陸都の体に深く眠る力を呼び起こし、

 瞬時に体ごと苑志の元に運んだのである。そうでなければ、徒歩で一日は掛かる道のりを、

 瀕死の陸都が歩いて、ましてや李紫奈を抱えて来られようはずもなかった。

  あの悲劇から七日後。苑志が施してくれた癒しの力のおかげでようやく傷口もふさがり、

 今はまだ寝ている状態とはいえ、物を考える力も戻り、食欲も旺盛、言葉を話すことも出来るようになっていた。

  天井を見据える陸都の目に、李紫奈の最期の微笑みが浮かび、そして消えてゆく。

  その目を見つめていた苑志は、陸都が小さく吐息するのを聞いた。
           
 「……李紫奈は、風代の姫でした。国を捨てた咎として、その兄に殺されたのです。
 
 いずれ、こうなることも予期していました」

  唇以外は微動だにせず、陸都は淡々とした口調で語った。

  李紫奈の温もりが消えた日……昨日どころか、つい先刻のことのように思い出される。

  その声に篭もる深い悲しみと、拭い切れない風代への憎しみとを感じ取った苑志は、

 ほうと息をついて、労わるように、そうか、と囁いた。

 「李紫奈は全てを知りながら、そなたと共に生きることを選んだのじゃ。悔いはあるまい」

 「しかし、裏切りの咎だからと、兄が妹を殺めていいのですか!」
 
  落ち着き払った苑志の態度に、陸都はそれまでじっと抑えていたものをすべて解放するかのように、

 肘をついて上体を起こし、激した声で吐き出した。

 「同じ血を分けた者に刃を向けるなど、許されるはずがありません。そんなことが許されていいはず
 
 がない! なぜ、命を奪う必要があった? 風代に連れ戻すのではなく? 教えてくれ、苑志。

 なぜ、李紫奈が殺されたんだ!」

  激しくかぶりを振ったかと思うと、陸都は苑志の袖にしがみつき、分かりきったことを

 どうしようもない思いで尋ねた。

  そんな自分を馬鹿げているとも思いながら。

  しまいにはうなだれて、肩を震わせている陸都を、苑志は慌てるふうもなく、

 落ち着いた様子でやんわりと宥めた。

 「まだ無理に動いてはならん。治りかけている傷が疼くじゃろうに。さ、おとなしく寝ていろ」

  どこまでも優しく、まるで駄々をこねる子をあやすように、苑志は陸都の体を気遣いながら、

 そっと床に寝かしつけた。 

 「今は充分に体を休めて、李紫奈の分まで生きることじゃ。それ以外は何も考えるな。

 ここにいれば、すべては時と共に癒されていく。五年前にも、わしは同じことをそなたに言ったな?
 
 陸都よ。復讐はいかん。それは何があっても許されぬ。そなたが風代を許さぬように、

 わしも決して許さぬ」
 
 「………」
                                            
  いま考えていたことを言い当てられた陸都は、はっとして、白髪の頭を角髪に結った苑志の顔を、

 思わずじっと見つめた。

  柔和な、けれど厳しい顔つきの中に、無言の否定を訴えている。
  
  陸都はゆっくりと視線を、歪んで見える天井から眼を逸らすために、両手で顔を覆った。

 「苑志のように、出そうと思って出る力ならば、李紫奈を救ってやることも出来たかもしれない。

 立ち去っていくあの男の背に、刃を突き立てることも出来た。……なのに、なぜ、
    
 この瞬間に出ないのだ」

 「神代の力に頼りすぎるのは良くない。光叉が壊滅させられたのはなぜじゃ?

 その力ゆえにではなかったか?」

 「………」 

  陸都は何も答えず、苑志の次の言葉を待って、ただ黙っていた。

  陸都には否定出来ないのである。いや、神代の力の存在を知る者なら、誰も否定しないであろう。

  光叉が風代に壊滅させられたのは、確かにその力のせいなのだ。

  今も昔も、武力と権力とで人を統べてきた世の中、武器を持つことなく、自らの力だけで国を築き、
                                    
 豊かに栄えるだけのちからを持った光叉の人間は、人々から敬われるのと同時に、

 常に恐れられてもきた。つまり、他の人間たちにとっては、自分にない未知の力を持った彼らが

 羨ましくもあり、決して持つことの出来ないその力が、妬ましくもあったのだ。

  当然、利用しようとする者も現れた。彼らを統べることが出来るなら、その利用価値は

 多大なものになるだろう、と。しかし、ひと度それが自分のものにならないと知った時、

 人はその存在そのものを失くそうとさえした。
          
  それこそが、風代の国だったのである。

  支配するための力ではない、という光叉の民の主張を、自我に捕われていると一方的に

 見なしたのである。あくまでも、自分たちだけの力であって、他者には協力することも、

 貸すことも出来ないものなのか、と。

 「人とはいつもそういうものだ。興味本位に近づき、自分にないものを欲しがる。そして、

 それが自分とはあまりにかけ離れたものだったり、異なったものだと気づくと、

 確かめもせずに拒む」
                    
  光叉が壊滅した直後、いつか苑志が話してくれた言葉を陸都は思い出した。

  遠い昔は誰もが持っていた力を、人が忘れたにすぎないのである。それにもかかわらず、

 人は常に力をめぐって争ってきた。

  空しいものだ、と陸都は思う。

  人として生きていくことに、そんな力はまったく必要ないのだ。だからこそ、時の流れの中で

 いつしか忘れた力ではなかったのか、と陸都は問いたかった。

  現に、光叉の民ですら、近年、生まれた幼子に力は受け継がれてはおらず、

 もはや、血は薄れているのだ。

  五年前の戦の折にも、やむなく力に頼った者はいたが、民たちのほとんどは皆、

 その最期の時まで、決して自らの力に溺れることはなかったのである。

 「生き残った我々は、風代に従属することで難を逃れた。今ここでそなたが反乱めいたことを

 起こせばどうなる? 風代の姫だという李紫奈の兄は、風代の御子。

 その方に刃を向けることは、我々の滅びを意味する。そなたはおろか、光叉の者までもが

 皆殺しにされるじゃろう。……再び、五年前のあの悪夢を繰り返すつもりなのか?

 よく考えるのじゃ、陸都」

 「では、黙っていろというのですか? 李紫奈を殺されたまま、黙っていろと?」
         
  陸都は手を解いて、睨むように苑志を見据えた。

  その苑志は、痛々しげな陸都を哀れむように見つめ、ほうと軽く息をつくと、ゆっくりと首を横に振った。

 「仕方のないことじゃ。復讐したところで李紫奈は戻らん。わしらの力も、

 人を生き返すことまでは出来んのじゃ」

  そう言って、苑志は自分の言葉に何かを見出したのか、ふと考え込むような顔つきをし、

 しばらくしてから真剣な眼差しを陸都に向けた。
         
か ゆ ら
 「そなた……華悠羅を知っているか?」

 「……華悠羅?」

  そこに含まれている重みを感じて、陸都も我知らず真剣になった。

  その陸都の問いに、苑志はゆっくりと頷く。

 「わしらと同じように、神代の力を受け継いできた士族のことじゃ。彼らは、

 失われた命に再び息吹を与えることが出来るという
 


       
3、紗弥萌



 「すまない。華悠羅について何か知らないだろうか?」

 「カユラ? 聞いたことのない言葉だな。人の名前かい?」

 「いや、知らないのならいいのだ。ありがとう、手間を掛けた」

  陸都は軽く頭を下げて、仕事へ戻っていく村の男の背中を見送った。

  失望に似た気持ちで、再び歩き出す。

  華悠羅と呼ばれる士族を探し求めて、半月ほど前に光叉を離れた陸都は、こうして旅を続けていた。

  思うほど容易くはない。それを承知で探すことを選んだとはいえ、時だけが空しく過ぎゆくことに、

 気が滅入り始めていた。

  苑志の話によれば、華悠羅はその士族がいた土地の名でもあったらしい。しかし、それがどこにあるのか、

 今はどうなっているのか、正確に知る者はほとんどいないという。その身と、他者の支配欲から力を守る為、

 故郷を離れ、個々に別れて、別々の土地に移住したという伝承もある。

 「ひとつの場に身を寄せ合うよりも、別れて、里や都に隠れ住むほうが、まだ、身を隠しやすかった

 のじゃろう。その中から華悠羅の者を探し出すのは神業に等しい。

 たとえ、聞いてまわったところで、彼らが自ら名乗り出てくるかも、わしには疑問じゃ」

 「それでも……俺は、探します。いえ、探し出してみせます」

 「そう言うじゃろうと思った。復讐を考えるよりはと思ってそなたに話したが、少しでも無理だと感じるのなら、

 今すぐここでやめるべきじゃ。が、そなたは行くのであろうな。ただし、ひと月じゃ。その間に

 見つからないようなら、あきらめて光叉に戻ってこい。よいな?」

  苑志にそう送り出されて半月あまり。あと、幾日も残されてはいない。

  上を振り仰ぐと、陰鬱な空が広がっていた。まるで、これから先のことを暗示しているかのような、

 厚い灰色の雲が垂れ込めている。

  こんなことなら、あの風代の男に報復したほうが、余程、早かったかもしれない。

  大きく息をついて、陸都は地面を見つめた。

  ひとつ、またひとつ、斑点模様が土の上に浮かんでは、消えていく。次第にその数が増え、

 雨だと感じた時には、勢いを増した激しい雨が陸都の体に叩きつけていた。

  否が応にも、あの日のことを思い出してしまう。

  あの日……李紫奈が自分の腕の中で死んでいった日。天から降り出した、あの雨の日のことを。

  様々な思いが頭の中を巡り、めまぐるしいほどに移り変わる過去の記憶に眩暈を覚えながらも、

 降りしきる雨の中を、陸都は半ば茫然と歩き続けた。

  その内、どことも知れぬ森の中へと入り込み、はっと気がついた時には、自分の居場所を見失っていた。

 (……迷ったか……?) 

  もはや、思考力も失せている。

  治ったはずの胸の傷が疼き、陸都は歩き疲れてよろけると、木にしがみついて、

 そのままその場に崩折れた。

 (光叉の陽射しが懐かしいな……。戻れるものなら……)

  そっと呟き、自然と下りてくるのに任せて重い瞼を閉じると、陸都は暗闇の中に引き込まれ、

 直ぐに意識を失った。



       
 とき
  男たちの鬨の声が響き渡り、恐怖に逃げ惑う人々の悲鳴が、赤々と燃え上がる炎の中に

 掻き消されていく。

  その中を、絶望と共に独り生き残った男が、太刀を支えによろよろと歩いていた。角髪は乱れ、

 手で押さえる脇腹は鮮血に染まっている。
                        
  突如、攻め入ってきた風代の兵士らに、家族や友、仲間を殺され、応戦した末、

 自らも深手を負ったのである。
                                                                
  他の者はすべて風代の刃に倒れたのか、それとも無事に逃げ果せたのか、人の姿は

 ひとりも見当たらなかった。
  
  疲れきった体を休めるために、身を隠せそうな小路を見つけると、男は壁に凭れ掛かって大きく息をついた。

  都の端近くにある家々は、火を掛けられずに残っていたのである。だが、もはや、ここにも

 人のいる気配はない。
  
ひさし
  庇の向こうに広がる、恨めしいほどに晴れ上がった青い空が男の目に映った。

 今その真下で起こっている惨劇とは無関係に、澄んだ色をしている。

 (もういいだろう。もう……誰の命も、何も奪わないでくれ)

  そう願う男の目に、不覚にも涙が浮かんできた。

  何もかもがぼやけて見える。

  すべてが夢であればいい。すべてが夢であれば……。

  壁に後頭部を擦りつけて、男はゆっくりと目を閉じた。瞳から溢れた涙が、頬をゆっくりと伝っていく。

  この目を開いた時、すべての情景が元に戻っていれば……。

  そんな儚い思いを掻き消して、突如、男は夢うつつの状態からはっと現実に引き戻された。

  人の気配がしたのだ。

  傷は負っていても、絶望はしていても、身に備えられた勘だけは働いてしまう。気配を探って

 左手のほうを見ると、逆光の中に、ひとりの人影が立っていた。

  陽の光に目が霞んで、見極めることが出来ない。

 (誰だ? 生き残り? 風代の者か……?)

  いや、もはや誰でもいい。誰でも……。

  潔く殺してもらおう。男はそう思い、意を決して軽く目を閉じると、柄を握る手を緩めて太刀を地面に放った。

  不思議と恐怖はなく、先刻までの戦慄も嘘のように消えて、自分でも驚くほど穏やかな気持ちになる。

 悟りの境地というものかもしれない。

 「……あきらめるには、まだ早すぎます」

  その胸の内を知ったかのように、厳しくも優しい女性の声が耳を打った。

  男ははっと目を見開き、逆光の中にいた人影へもう一度視線を向けようとして、思わずその動きを止めた。

  長い黒髪を高く結い上げ、質素な装束を来た女性が、目の前で真っ直ぐに自分を見つめている。

 「さあ、私の肩に掴まって下さい」

  辺りの様子を探ってから、女性は声を落として、男に手を差し出した。
           
いぶか  
  その手を、男は訝しげにじっと見つめる。

  しばしの間、黙ってその様子を見守っていた女性は、ふと歯痒さを覚え、こんな時に何をためらう

 ことがあるのかと、返答も待たずに素早く行動を取った。脇腹の傷の具合を瞬時に診て取り、
 
 自分の装束の袖を破ると、男の腰に手をまわそうと更に近寄る。

 「待て! その紋章。お前は!」

  一瞬、呆気にとられて為すがままになっていた男は、女性の腰帯に差してある短刀を何気なく見つけて、

 咄嗟に彼女の動きを制した。

 「お前は風代の!」

  激して、女性の手を掴み上げる。

  鍔の部分に彫られた紋章には見覚えがあった。攻め入ってきた兵士らのひとりが持っていた青い旗。

 その旗には、それと同じ紋様が描かれていたのだ。

 「風代の者がなぜ助ける? 死に損ないの俺に、生き恥を晒せというのか」

 「いいえ、私は……」

  静かにかぶりを振って、女性は悲しげに顔を歪めた。

 「戦をやめさせる為にここへ来たのです。非力な私でも役に立てることがあるのなら、何かしなくては

 ならないと。ですが、助けるほどの人も、もう生き残ってはいません。こんな……むごいことが許される

 のでしょうか……」

 「そうしたのは誰なんだ?」

  間髪を入れずに、男は低い声で呟いた。 
 
  怒りを押し殺した声とその言葉が、鋭い刃の如く、女性の胸に突き刺さった。

  途端に、彼女の瞳から涙が溢れる。

  そして、自分を睨みつける男の視線から逃れるように顔を逸らすと、悔しそうに唇を噛み締めた。

 「……私ひとりの力では、止めることなど出来ようはずもありませんでした。だから…… 

 だから私に、せめてもの償いをさせて下さい。風代の人間として、償いを。

 この仕打ちが許されるのなら……」

  女性はすっと顔を上げると、頬に涙が伝うのも構わずに、凛とした表情できっぱりと言った。




  陸都は、目覚めようとしていることを夢の中で感じ、半覚醒の状態で意識した。

  そう。夢の中で、自分の過去をめぐっていたのだ。

  忌まわしい、けれど、最愛の人にめぐり逢えた、大切な過去でも記憶でもある。

  破壊だけの戦が終わり、何とかそこから生き延びた陸都は、人里から離れた場所に住んでいる
                     
 苑志の元に身を寄せて、崩壊した光叉と共に傷を癒していった。その時、付き添っていたのが、

 あの女性----李紫奈だったのである。

  はじめは、風代の人間だと意識するあまり、李紫奈を受け入れることの出来なかった陸都も、

 いつしか、その存在を心に受け入れていた。光叉が徐々に復興し、自らの傷が癒されていくのと同時に、

 ある意味、その隔たりも癒されていったのであろう。

  それから、以前の平和を取り戻すために、苑志の立ち会いの元で、二人は力を合わせることを誓い合った。

 そして、都の復興を手伝う傍らで、少しづつではあるが、自分たちの生活も築いていったのである。

  生き残った人々も決してくじけることなく、再び光叉を人の住める都に作り上げようと、日々奮闘した。

 やがて、戦乱の中で生まれた小さな命が立ち上がり、自分の力だけで歩き始める頃には、

 人々にも笑みが見られるようになっていた。
  
  そして、痛感するのである。人の心が平和であればこそ、やすらぎも豊かさも、自然についてくるものだと。

  確かに、光叉は平和を取り戻した。

  陸都にとって、あの日までは……。

  李紫奈と共に過ごした五年間が、もうずい分と昔のことのように感じられる。

  光叉から遠く離れた場所にいる分、懐かしく思えるのだろう。それとも、そう思えるほど、

 永い眠りについてしまったのだろうか……。

  ふと、誰かに頬を撫でられているような気がして、陸都はゆっくりと瞼を開いた。

  目に映る緑の情景と、そこから差し込む淡い光に、思わず目を細める。いま目覚めたばかりの者には、

 少し眩しいくらいだった。

  音のない、色と光だけの世界を彷徨い、まだ深い眠りの底にいるような錯覚を覚えながらも、

 陸都はふと、白く霞んで見える視界の中に、誰かが自分を見つめてじっとしているのに気がついた。

  目を凝らしてみても、知っている者なのか、男なのか女なのか、見極めることが出来ない。

  陸都は目をこすって、思わず、李紫奈なのか、と尋ねた。

 「……いえ、あの、あたしは……」

  風のように優しい声が答えるのを聞いて、陸都ははっきりと意識を取り戻し、現実の世界に戻った。
                                                         
 

NOVEL   BACK   NEXT