サリアスの砂時計  
VOL,3



 ボータに簡単な自己紹介を済ませ、今は場所を変えて、窓辺に置かれたテーブルを

囲んでワタシたちは座っていた。

 ワタシの前にボータ。右隣にリシアンサスが座っている。

 ご丁寧に二人とも、ワタシがゴハンを食べ終わるのをじっと見守っていてくれた

のだ。

 ワタシの左手側、窓の向こうには、木や花の植えられた緑豊かな庭園が広がって

いて、その先にはいくつかの建物が見えた。

 それを見ると、城内の一角にいるのは間違いないんだ、と思えた。

 ボータが作ってくれた食事をペロリとたいらげると、見計らっていたように

リシアンサスがお茶を入れ始めた。

 なるほど、城で働いているだけあって、その手つきは見惚れてしまうくらい

優雅そのもの。

「どうぞ」と小さな白いカップを渡されて、勧められるままにお茶を啜ろうとした時。

「アサコ、率直に言うけど……」

 ボータが口を開いた。

 思わずドキリとして、カップに口をつけたままワタシは目だけを上げた。

 この人に名前を呼ばれると、説教をされるみたいでコワイものがある。

 ほら、学校の先生に指された時みたいな。 

「あなたね、この国の王子だったサリアス様に生き写しなんだよ」

 はい?

 ホントにいきなり本題に入っていて、ワタシはちょっと面食らった。  

 おなかがいっぱいで、完全に思考が落ちてる。

 ちょっと待って……王子?

「……王子だった?」

 王子だった?!

 自分で言った『王子』という言葉が、こだまみたいに体の中で響いた。

「こう、髪を結んでごらん」

 とりあえずカップをテーブルに置いて、ワタシは言われるまま、頭の後ろに手を

まわして髪をまとめた。

「ああ……」

 そのワタシを見た途端、ため息のような声がリシアンサスの口から漏れた。

「本当にそっくりですわね。ご本人だと言われても分からないくらい」

「そんなにそっくりなんですか?」

 ボータとリシアンサスの頷きが重なった。

「ちゃんと着替えて、それなりの格好をすれば、アサコが黙っていたって、まわりの

皆が口を揃えて言うだろうよ。うりふたつだって。もしくは、本人だろうって。

その前に、厄介なことになるだろうけどね」
                    ・・・
「厄介なことって? ……さっきも、”王子だった”って……」

「そう、王子だった。いずれは国王になられるお方だったんだ」

 なんでぜんぶ過去形なの? 今は違うの? 何があったの?

 疑問符が次々にワタシの頭の中を埋めていく。

「……死んじゃったとか?」

 そう言ってから、しまったと思った。

 簡単に口にしてはいけないような不吉な言葉だ。

 ゼッタイ怒られそ……。

 ところが意外にも、ボータとリシアンサスは黙って顔を見合わせ、沈んだ顔をした

だけだった。

 てっきり叱られると思ったんだけど。二人とも怒るどころの雰囲気ではなさそう。

「……死ぬよりひどいだろうね」

 暗い面持ちで一点を見つめたまま、ボータがぼそりと呟いた。

 死ぬよりひどいって……。

 すごく気になるんだけど。

「ところでアサコは、本当にこの国の者じゃないんだね? 実は自分でも知らない

だけで、王族と血縁関係にあるとかじゃないのかい?」

 ボータに聞かれて、ワタシは即座にぶるぶるとかぶりを振った。

 そんなこと、ある訳がない。

 ワタシにはちゃんと生まれ育った場所もあるし、友達もいたし、少なくともこんな

非現実的な世界ではなかったし、ちゃんと家族もいる……。

 家族?

 少し、引っ掛かるものがあったけれど。それも、こことは関係のない範囲のことだ。

「ありえないです」

 ワタシは小さくそう言った。

「それにしても、ここまで似ていると、関係があってもおかしくないような気も

するんだけどね」

 じゃあ、なに?

 ワタシはほんとは王族の出身で、何かの理由があってこの地を離れて、ニホンで

”シバタアサコ”として暮らしていたって?

 有り得ない。それこそありえないよ。

「国王に謁見を申し出るのがいちばんなのでしょうけど。近親者の可能性があるの

なら、何かご存知かもしれないですし」

 遠慮がちにリシアンサスが進言したが、

「危険だね。王の耳に入るということは、カレアディール王妃に話すのと同じこと

だよ。何をされるか分からない」

 あえなくボータに却下された。

 王子だった人……死ぬよりひどい……カレアなんとか王妃? 危険? 何をされる

か分からない?

 二人のやりとりを見ていても、ワタシにはまったく話が見えてこなかった。

 肝心のサリアスという人がどうなったのか、まだ聞けていないからだ。 

「あの……その、サリアスという方は、どうなったんですか?」

 いちばん知りたいことを思い切って訊ねると、ボータが今度は哀しげに少し目を

細めた。

「こことは反対側にある岬、湾曲しているからこの部屋からは見えないけど……

断崖絶壁の上に塔が建てられているんだ……。もう長いこと、そこにたったお一人で

幽閉されていらっしゃる。あまり表立って言えない事情があってね。お気の毒に、

死よりも過酷な境遇に置かれていらっしゃるんだ。……でも、私らにはどうすること

も出来ないんだよ。ただ、こうしてここから身を案じるだけ」

 その口調には、どこか懺悔するような意味合いも含まれていた。

 どうにかしたい。けど、どうにもならなくて、ただ黙って見守っているしかなくて。

 そんな自分たちが、王子を閉じ込めているのと同じなんだ、と言ってるみたい。

 だけど、そうよ、閉じ込められてるだなんて穏やかじゃない。

「なんで閉じ込められてるんですか? 悪いことをしたから? でも、リシアンサス

さんが言ってましたよね。悪い人じゃないって……」

「そうよ。サリアス様は少しも悪くなんてないのよ。その逆だわ。なんの罪もない

のに……あんなことになってしまって……」

 リシアンサスは興奮しかけて、そこで口を噤んだ。

 萎れてしまった花みたいに、急に元気をなくしている。

 本当に誰にもどうすることも出来ないんだ、というのが、その様子を見ているだけ

でも伝わってくる。  

「王妃様のお考えがあってね。私らにはとうてい理解の出来ないことだけど……」 

 そう言うボータの口調は、どこか苦々しい感じがした。

 特に『お考えがあって』というところ。

 そっか、その王妃様に問題があるんだね。そのニュアンスはワタシにも分かった。

 何故なのか知りたい。

 ワタシにはそれを知る権利があるような気がする。

 だけど、そのきっかけがめぐってくることはなかった。

 おまけに、入れたてのお茶を飲むことも。

 突然、扉を叩く音が部屋中に鳴り渡ったのだ。一瞬で、誰の顔にも緊張が走った。

 いち早く反応したボータが、テーブル越しにがしっとワタシの腕を掴むと、

食事を運んできた時に掛けていた大きな布を、素早くテーブル全体に広げた。

 食器やお茶の入ったカップがそれで隠される。

 ついで、リシアンサスが立ち上がり、扉のほうへ歩いていくのと入れ替わるように、

立ち上がったボータはワタシを連れて、逆方向の、扉からは死角になる壁際へと急い

だ。

 背中と頭を壁につけたところで、ボータが「しっ!」というように、ワタシに

人差し指を立てて見せた。

 


 NOVEL
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